入居者がいるまま収益物件を売る(オーナーチェンジ)と、入居者との契約の貸主の立場と、預かっている敷金を返す義務は、法律上そのまま買主に移ります。一方、家賃と固定資産税は、引渡日を境にどう分けるかを売買契約で決めて精算します。これらを決めておかないと、決済の後に「敷金が足りない」「家賃が二重に払われた」といった問題が起きます。
この記事では、民法の条文、国税庁の資料、不動産適正取引推進機構(RETIO)が紹介している裁判例をもとに、オーナーチェンジで売るとき(買うとき)の精算と引継ぎを、売主・買主の両方の立場で整理します。
- 返すのは買主(新しいオーナー):貸主の立場が移ると、敷金を返す義務も買主に移る(民法605条の2第4項)
- 精算は2つの方式:売主が預かっている敷金の額を売買代金から差し引く方式が多いとされる。関西では、差し引かずに返還義務だけを買主が引き継ぐ「持ち回り」の慣行もある
- 滞納家賃は当然には買主に移らない:滞納分を敷金から差し引いて引き継ぐかは、条文で決まっていないので売買契約で決める
- 家賃と固定資産税は引渡日で日割り:固定資産税の起算日(1月1日か4月1日か)も契約で決める
- 入居者がいるまま収益物件を売る(オーナーチェンジ)ことを考えている方
- オーナーチェンジ物件を買うときに、敷金の精算方式を確かめたい方
- 関西の「持ち回り」の慣行と、その税金の扱いを知りたい方
- 滞納家賃や保証金の償却がある物件で、売買契約に何を書くか知りたい方
- 決済後の入居者への通知と、管理会社・保証会社・火災保険の切り替えを整理したい方
- 建物を売ると、貸主の立場と敷金を返す義務は、入居者の承諾なしに買主に移ります(民法605条の2)。買主は、所有権の移転登記をしないと、入居者に対して自分が貸主だと主張できません。
- 敷金の精算は、売買代金から差し引く方式と、差し引かずに返還義務だけを買主が引き継ぐ「持ち回り」があり、持ち回りの物件では表示価格に引き継ぐ敷金の額を足した額が実質の購入額です。
- 売主の時代に生じた滞納家賃は当然には買主に移らず、滞納分を敷金から差し引いて引き継ぐかは条文で決まっていないので、売買契約書に書いておきます。
- 家賃と固定資産税は引渡日を境に日割りで精算し、固定資産税の起算日を1月1日とするか4月1日とするかも契約で決めます。
- 決済後はすぐに売主と買主の連名で入居者に通知し、契約書類・管理委託契約・家賃保証会社・火災保険を切り替えます。
- 敷金は売主が預かったお金なので、退去時の返還も売主がするものと思っています。
- 滞納家賃も、物件と一緒に自動的に買主に移ると思っています。
- 入居者の承諾をもらわないと、貸主の立場は買主に移らないと思っています。
- 売買代金から差し引く方式と持ち回りの違いを踏まえて、実質の購入額や手取りで買付けを比べられます。
- 滞納家賃・保証金の償却・固定資産税の起算日など、売買契約に書いておく点を確かめられます。
- 決済後の入居者への通知と、売主から受け取る書類の一覧を準備できます。
🔑 貸主の立場と敷金は、自動的に買主に移る
- 入居者が建物の引渡しを受けて住んでいれば、建物を売ると、貸主(賃貸人)の立場は入居者の承諾なしに買主に移ります(民法605条の2第1項、借地借家法31条)。売主と買主の合意で移す場合も、入居者の承諾は要りません(民法605条の3)。
- 貸主の立場が移ると、敷金を返す義務と、入居者が出した修繕費などの費用を払う義務も買主に移ります(民法605条の2第4項)。
- 敷金は、名前を問わず、家賃などの支払いを担保するために入居者が預けるお金をいいます(民法622条の2)。「保証金」という名前でも、家賃などの支払いを担保する目的のものなら敷金と同じ扱いです。建設協力金のように貸付けの性質を持つ部分は、当然には買主に移りません(不動産流通推進センター相談事例)。
- 買主は、所有権の移転登記をしないと、入居者に対して自分が貸主だと主張できず、家賃も請求できません(民法605条の2第3項)。
- 礼金は返すお金ではないので、引継ぎの対象になりません。
💴 敷金の精算:売買代金から差し引く方式と「持ち回り」
| 方式 | 中身 | 税金の扱い(解説されている考え方) |
|---|---|---|
| 売買代金から差し引く(関東で多いとされる) | 売主が預かっている敷金の合計を、決済のときに売買代金から差し引く。買主は将来の返還に必要なお金を受け取った形になる | 譲渡価額は差し引く前の売買代金 |
| 持ち回り(関西で見られる) | 売買代金から差し引かず、返還義務だけを買主が引き継ぐ。買主は敷金の分のお金を受け取らない | 売主は、買主が返還義務を引き受けた額を「経済的な利益」として譲渡収入に含める。買主はその額を取得価額に加える(税理士法人の解説) |
任意売却の物件は、売主に返すお金がないため、預かり敷金を引き継がない(実質は持ち回りと同じ)条件になっていることがあると、大家向けのコラムでも指摘されています。物件概要書に精算方式が書かれていないこともあるので、買う前に精算方式と預かり敷金の総額を確かめます。
持ち回りは関西で見られる慣行だと、関西の不動産会社や司法書士が解説しています。国税庁は、資産を売ったことで受けた経済的な利益も譲渡の収入金額に含まれるとしています(国税庁 No.3214)。持ち回りで買主が引き受けた返還義務がこれに当たるとする考え方は、税理士法人が裁判例(神戸地裁平成4年12月25日判決)を引いて解説しています。持ち回りの物件を買うときは、表示価格に引き継ぐ敷金の額を足した額が実質の購入額です。売主の側では、差し引く方式の買付けは敷金を差し引いた後の手取りで、持ち回りの買付けは表示価格のままで比べます。
保証金の「償却」(敷引き)がある場合
関西で多い、退去時に一定額を差し引く「償却」付きの保証金は、引き継ぐ額をめぐって争いになった裁判例があります。RETIOが紹介した裁判例では、次の判断が示されています。
- 売主と買主の間で「償却分を除いた残額を引き継ぐ」合意が成立していたと認められ、償却分の支払いを求めた買主の請求は退けられた(東京地裁令和元年7月18日判決。RETIO No.119)。
- 一方、入居者に対しては、新しい貸主が当初預けられた保証金を基準に返還義務を負うとされ、引き継いだ額が少なかったという主張は通らなかった(東京地裁令和3年10月8日判決。RETIO No.127)。
買主は、償却後の額で引き継ぐなら、その差を売買価格で調整しておく必要があります。
🧾 滞納家賃がある場合
- 売主の時代に生じた滞納家賃は、売主の債権のまま残り、当然には買主に移りません。買主が回収するには、売主から滞納家賃の債権を譲り受け、売主から入居者へ通知してもらうか、入居者の承諾を得る必要があります(民法467条1項、不動産流通推進センター相談事例)。
- 滞納分を敷金から差し引いた残りだけを買主に引き継ぐかどうかは、2020年4月施行の民法改正でも条文にされませんでした。法務省の審議資料は、判例(最高裁昭和44年7月17日判決)は差し引いた残額が移るとしているが、実務では差し引かずに全額を移すことも多いとして、この点を「解釈・運用に委ねる」としています(法制審議会民法(債権関係)部会資料69A)。売買契約書に、どちらにするかを書いておきます。
- 宅建業者が、滞納を繰り返す入居者がいると知りながら買主に告げずに売買を勧めたり仲介したりすると、宅建業法47条1号の違反になり得ると、不動産流通推進センターの相談事例は回答しています。
📅 家賃と固定資産税の日割り精算
- 家賃:引渡し前に生じた家賃は売主のものです(民法575条1項)。家賃は日割りで取得するとされているので(民法89条2項)、引渡日を境に日割りで精算します。売買契約書の雛形には、引渡日の前日までを売主、引渡日からを買主の分とする条項があります(業者の条項解説)。
- 固定資産税・都市計画税:その年の1月1日時点の所有者に1年分が課税されます(地方税法343条・359条・702条・702条の6)。売主と買主の負担は、引渡日を境に日割りで精算します。起算日を1月1日とするか4月1日とするかは法律に定めがなく、首都圏は1月1日、関西圏は4月1日の傾向があるものの統一的な慣習ではないとされています(不動産流通推進センター相談事例)。1〜3月に決済する場合は、翌年度の分をどうするかも決めておきます。
| 固定資産税の精算金 | 税金の扱い(国税庁) |
|---|---|
| 売主が受け取る | 譲渡の収入金額に含める(No.3214) |
| 買主が払う | 賃貸用アパートの取得価額に含める。払った年の必要経費にはできない(質疑応答事例) |
| 消費税 | 建物に対応する精算金は、建物の譲渡の対価に含まれる(消費税法基本通達10-1-6) |
📨 入居者への通知と、引き継ぐもの
貸主の立場は入居者の承諾なしに移りますが、入居者が知らずに旧オーナーへ家賃を払ってしまうと、事情によってはその支払いが有効になります(民法478条)。二重払いや取りはぐれを防ぐため、決済後すぐに、売主と買主の連名で入居者に通知するのが実務です。


- 通知に書くこと:新しい貸主の名前と連絡先、いつの家賃から振込先が変わるか、新しい振込先、管理会社が変わるか、緊急時の連絡先
- 売主から買主に渡すもの:賃貸借契約書(原本)、入居申込書・保証契約の書類、レントロール(入居者・家賃・敷金の一覧)、敷金・保証金の預り明細、鍵、設備の保証書・修繕の記録
- 管理会社との契約:管理委託契約に、オーナー(委託者)の地位を新しい貸主が引き継ぐ特約がなければ、新しい貸主との契約は新しい契約になります。この場合、管理会社は新しい貸主に重要事項説明をし、契約締結時の書面を渡さなければなりません。同じ内容で引き継ぐ場合と、サブリース(特定賃貸借契約)を引き継ぐ場合は、管理会社が契約内容の分かる書類を新しい貸主に渡すことが望ましいとされています(国交省「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律の解釈・運用の考え方」)。
- 家賃保証会社:貸主が変わったときの手続きが必要な会社があります。保証契約の書類で確かめます。
- 火災保険:売主の保険は引渡しまで残し、買主は引渡日から始まる保険を手配します。引渡し後に建物が滅失・損傷した場合の負担は買主に移るためです(民法567条)。
敷金の預り残高が、管理会社にあって売主の口座にない場合もあります。レントロールの敷金欄が契約書の額のままで、償却や充当の後の実際の残高と違うこともあるので、決済前に預り残高の明細で照合します。
🏢 建物部分の消費税(売主が課税事業者の場合)
- 建物の売却は消費税の課税対象で、土地は非課税です(国税庁 No.6301)。売買代金を建物と土地に分ける必要があります。
- 売主が消費税の課税事業者かどうかは、個人なら2年前の課税売上高が1,000万円を超えるかなどで判定します。インボイス発行事業者に登録している人は、売上高に関係なく課税事業者です(国税庁 No.6501)。
- 住宅の家賃は非課税なので、駐車場や店舗などの課税売上がなければ、免税事業者のことがあります。その場合でも、建物を1,000万円を超える額で売ると、その2年後の年に課税事業者になる場合があります。
売却にかかる譲渡所得税(所有期間5年超かどうかの判定を含む)は不動産売却の取得費と減価償却の計算|譲渡所得の短期・長期税率と概算取得費5%【2026年改正対応】、価格の付け方は不動産投資の収益還元法|直接還元法・DCF法・キャップレート・NOI・物件価格判定の実務ガイドで扱っています。
❓ よくある質問
Q1. オーナーチェンジ物件を買いました。退去時の敷金は、前のオーナーに請求してもらえますか?
A. 入居者に返すのは新しいオーナーです(民法605条の2第4項)。売主から敷金をどう精算してもらったか(売買代金から差し引いたか、持ち回りか)は、買主と売主の間の問題です。
Q2. 入居者に承諾をもらう必要はありますか?
A. 要りません(民法605条の2第1項。合意で移す場合も605条の3で承諾は不要)。ただし、家賃の振込先の変更などを確実に伝えるために通知します。
Q3. 売主から受け取った敷金は、買主の収入になりますか?
A. 収入にはなりません。将来入居者に返すお金なので、預り金(負債)として管理します。運転資金に回すと、退去が重なったときに返せなくなります。
📝 まとめ
オーナーチェンジでは、貸主の立場と敷金の返還義務が買主に移ります。精算は売買代金から差し引く方式か、関西で見られる持ち回りかを決め、滞納家賃を敷金から差し引くか、保証金の償却分をどう扱うかも売買契約に書きます。家賃と固定資産税は引渡日で日割りにし、決済後はすぐに入居者へ通知して、契約書類と管理・保証・保険を切り替えます。
📖 この記事の根拠(出典・参照日2026年10月1日)
- 条文(e-Gov法令検索):民法89条・467条・478条・567条・575条・605条の2・605条の3・622条の2/借地借家法31条/地方税法343条・359条・702条・702条の6/宅地建物取引業法47条
- 法務省:法制審議会民法(債権関係)部会資料69A
- 不動産適正取引推進機構(RETIO):RETIO No.119 裁判例紹介/RETIO No.127 裁判例紹介
- 不動産流通推進センター:相談事例(滞納賃料)/相談事例(保証金の承継)/相談事例(固定資産税の起算日)
- 国税庁:No.3214/質疑応答事例(固定資産税等清算金)/消費税法基本通達10-1-6/No.6301/No.6501
- 国土交通省:「賃貸住宅の管理業務等の適正化に関する法律の解釈・運用の考え方」(令和5年3月31日施行版)
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関西の不動産投資家。賃貸経営の体験と、法令・公的機関の資料をもとに、税務・融資・賃貸経営・法人運営の実務ガイドを発信しています。


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