不動産賃貸業の拡大には法人化が不可欠ですが、代表者が突然亡くなると、会社の存続や持分の相続税評価、納税資金の確保など、ご家族に大きな影響が及びます。
本記事では、一人合同会社の代表社員が死亡したときに直面する法的・税務的問題から、納税資金対策、事業承継・相続税対策までをわかりやすくまとめました。
死亡による合同会社の「解散」と「存続」の分かれ道
合同会社は設立費用や運営コストが低く、資産管理に向いていますが、一人社長の場合は以下のようなリスクがあります。
- 合同会社の代表社員として事業や資産管理をしている方
- 不動産賃貸業を法人化し、相続・承継リスクに備えたい方
- 会社の存続や相続税対策について具体的な実務を知りたい方
- 定款や持分承継規定の有無による影響を理解したい方
代表社員の死亡で自動解散
社員が一人だけの合同会社では、その唯一の社員が死亡すると、定款に特別な規定がない限り、会社は法的に解散となり、清算手続きに入ります。清算人を選任し、会社の資産を売却して債務を弁済した後、残った財産(残余財産)を相続人に分配することになります。この際、資産の売却益には法人税(清算所得税)が課され、さらに、相続人が残余財産を受け取る際には相続税も課されるため、「法人税+相続税」の二重課税となるリスクがあります。
事業継続への深刻な影響
解散が始まると賃貸契約の更新や新規契約が難しくなり、家賃収入が止まる恐れがあります。銀行融資の契約違反にもなり得て、一括返済を迫られる場合もあります。従業員を抱えていれば雇用維持も困難になり、物件管理が滞って価値が下がる可能性があります。
例外:定款の定めによる合同会社の存続
合同会社では、社員(出資者)が死亡すると、その社員資格は消滅するのが原則です。
ただし、定款に「死亡した社員の持分を相続人が承継できる」旨の定めがある場合に限り、相続人がそのまま社員を引き継ぎ、会社を存続させることが可能になります。
この規定がなければ、社員の死亡=会社の解散につながってしまいます。
これがあれば、代表社員が亡くなっても会社は存続し、相続人が法人格をそのまま引き継いで事業を続けられます。
「持分承継」規定の重要性(会社法608条)
この定款規定は、一人合同会社にとって生命線とも言える条項です。これがなければ、代表社員の死亡は即座に会社の解散を意味し、家族は事業の継続ではなく、清算手続きという煩雑なプロセスに直面することになります。
この規定は、会社を設立する際に定款に盛り込むことが可能であり、多くの合同会社の定款雛形には既に含まれています。
相続人が複数いる場合の注意点
定款に「持分承継」の規定があっても、相続人が複数いると全員が合同会社の社員となります。すると、
- 意思決定が難航 経営に関与する人が増え、意見対立で議案がまとまらない
- 経営権の分散 賃貸業の経験がない相続人の意見で判断がブレる
- トラブルの種 社員になりたくない相続人が持分売買や譲渡を要求して紛争に
また、死亡した社員が「業務執行社員」だった場合は、相続人も同じ地位を引き継ぎます。誰が実際に経営を担うか、事前に決めておかないと混乱します。
対策のポイントとしては以下のようなものがあります。
- 定款で「承継する相続人」「承継しない相続人」「業務執行社員」を明確に指定する
- 遺言書や家族信託と連携して、特定の相続人だけ持分を継がせる仕組みを整える
これらを定款に盛り込むことで、将来の経営混乱や相続人同士のトラブルを防ぎ、円滑な事業承継が実現します。
会社存続のための具体的な手続きと必要書類
定款に持分承継の定めがあり、相続人が持分を承継して会社を存続させる場合、以下の手続きが必要になります。
- 状況把握定款の確認
- まず、自社の定款に持分承継に関する規定があるかを確認します。定款の閲覧請求は法務局で行うことができます。
- 書類整理相続人の確定
- 死亡した代表社員の相続人を確定するために、戸籍謄本などの書類を収集します。
- 合意形成持分承継の意思決定
- 相続人が複数いる場合、誰が持分を承継し、誰が業務執行社員となるかについて、遺産分割協議などを通じて合意形成を図る必要があります。登記実務では、遺産分割協議で特定の相続人1人のみが持分を単独相続した場合でも、一旦共同相続人全員の加入登記をした上で、相続人間での持分譲渡登記が必要とされています。特定の相続人1人に持分を承継させたい場合は、その旨を定款で定め、遺言を作成しておくことも有効です。
- 登記手続き死亡した社員の退社登記
- 死亡した代表社員が業務執行社員だった場合、死亡による退社の登記が必要です。
- 持分承継した相続人の加入登記
- 相続による持分承継により加入した社員が業務執行社員であるときは、社員加入の登記が必要です。業務執行権を有しない社員は登記事項ではないため、その死亡や加入は登記不要です。
合同会社の持分は相続財産のため、相続放棄すると持分も失います。債務を避けつつ事業を続けたいなら、定款だけでなく遺言や家族信託も活用し、専門家と事前に対策を練りましょう。
合同会社の持分にかかる相続税評価と税額
代表社員が死亡すると、その持分は相続税の課税対象になります。不動産賃貸業を営む合同会社の場合、持分評価は相続税額に直結するため、評価方法を理解することが重要です。
合同会社の「持分」とは?
合同会社の持分は、出資額に応じた「オーナー権(出資者としての権利)」です。ただし、株式会社の株式とは異なり、社員(出資者)の死亡時にその地位が自動的に家族に移るわけではありません。
合同会社では、定款に「社員の死亡時に相続人が社員として持分を承継できる」旨の規定がない限り、死亡によって社員資格(構成員の地位)は消滅します。
相続税評価の基本:非上場株式に準ずる評価
合同会社の持分は、株式会社の非上場株式と同様に評価します。
- 純資産価額方式
会社の総資産から負債を引いた「純資産」に持分比率を掛けて算出します。 - 類似業種比準方式
上場企業の株価や利益を参考に換算する方法ですが、不動産賃貸業ではあまり使われません。
不動産賃貸業の場合の特徴と評価減
不動産賃貸業を営む合同会社は、資産の多くが不動産なので、純資産価額方式で評価するのが一般的です。
また、個人で不動産を所有するよりも、法人で間接保有する方が評価額が下がるケースがあります。これは、収益性や流動性が低いと判断され、相続税評価額が圧縮されることがあるためです。
不動産賃貸業を営む合同会社は、資産の大半が不動産のため、純資産価額方式で持分が評価されるのが一般的です。
この評価方法では、借入金で負債を増やすと純資産が減り、持分評価額を下げることができます。新規物件の取得や、既存物件の大規模修繕による支出も、純資産を減らす有効な手段です。
物件拡大と相続税対策を両立できるのが、不動産賃貸業の大きなメリットです。
相続税の計算プロセスと速算表の活用
相続税の計算は、以下のステップで行われます。
- 課税価格各人の課税価格の計算
- 相続や遺贈で取得した財産の価格から非課税財産、債務、葬式費用を差し引いた「純資産価格」に、相続開始前3年以内(令和6年1月1日以後の贈与は7年以内)の贈与財産を加算して、各相続人の「課税価格」を算出します。
- 相続税総額課税遺産総額の計算
- 各人の課税価格の合計額から「基礎控除額」を差し引いて「課税遺産総額」を算出します。
- 法定相続分に応ずる取得金額の計算
- 課税遺産総額を、各法定相続人が民法に定める法定相続分に従って取得したものと仮定して、各人ごとの金額を計算します。
- 算出税額の計算
- 上記で計算した各人ごとの金額に税率を乗じて算出税額を求めます
- 相続税の総額の計算
- 各人ごとの算出税額を合計して「相続税の総額」を算出します
- 相続税額各人ごとの相続税額の計算
- 相続税の総額を、実際に財産を取得した各人の課税価格に応じて割り振ります
- 納付税額各人の納付税額の計算:
- 各人の相続税額から、配偶者の税額軽減、未成年者控除、障害者控除などの各種税額控除を差し引いた残りの額が、最終的な納付税額となります
基礎控除額と課税遺産総額
相続税には「基礎控除額」があり、相続財産の合計額がこの基礎控除額以下であれば、相続税はかかりません。
- 基礎控除額の計算式:3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数
- 法定相続人の数: 相続放棄をした人がいても、その放棄がなかったものとした場合の相続人の数で計算します。
相続税の速算表と税額計算例
相続税の総額を計算する際には、以下の「相続税の速算表」が用いられます。これは、法定相続分に応ずる取得金額に税率を乗じ、控除額を差し引くことで、各法定相続人ごとの算出税額を求めるためのものです。
【相続税の速算表】
法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
1,000万円以下 | 10% | - |
1,000万円超から3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
3,000万円超から5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
5,000万円超から1億円以下 | 30% | 700万円 |
1億円超から2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
2億円超から3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
3億円超から6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
6億円超 | 55% | 7,200万円 |
相続税の納税資金対策
相続税は高額になることが多く、納税資金の確保は相続人にとって大きな課題となります 27。特に不動産を多く保有している場合、現金が不足し、不動産の売却を検討せざるを得ない状況に陥ることもあります 28。
金銭納付が困難な場合の選択肢:延納と物納
相続税は原則として金銭で一括納付が求められますが、それが困難な場合には「延納」または「物納」という制度を利用できます。どちらも納期限までに所定の申請書と添付書類を提出する必要があります。
金融機関からの借入れ:不動産担保ローンの活用
延納や物納の要件を満たさない場合や、より柔軟な資金調達を希望する場合、金融機関からの借入れも選択肢となります。特に不動産投資家の場合、保有する不動産を担保としたローンが検討されます。
相続税は、代表社員の死亡後に延納や物納、借入で対応しようとすると、手続きが煩雑で時間も費用もかかります。特に不動産は現金化が難しく、急な売却は不利な条件になることも。
そのため、生前に現金化しやすい資産を準備し、評価額を抑える対策を講じることが重要です。納税資金対策は「お金を用意する」だけでなく、「スムーズに有利な条件で確保する」ことが成功のポイントです。
死亡前にできる相続税・事業承継対策の全貌
合同会社の代表社員が死亡した後に慌てて対策を講じるよりも、生前から計画的に準備を進めることが、相続税の負担軽減と円滑な事業承継の鍵となります。ここでは、不動産投資家が実践すべき具体的な対策を多角的に解説します。
1. 役員貸付金の解消と税務影響
一人合同会社では、代表社員個人から会社への「役員貸付金」が発生しているケースが少なくありません。これは、社長が会社に資金を貸し付けている状態であり、帳簿上は会社の負債ですが、社長から見れば「会社に対する債権(財産)」です。
役員貸付金が相続財産となるリスク
代表社員が死亡した場合、この役員貸付金は相続財産として扱われ、相続税の課税対象になります。たとえ会社が債務超過であっても、原則として貸付金は額面(帳簿価額)で評価されるため、多額の役員貸付金がある場合、相続税の納税資金を圧迫する大きな要因となります。
役員貸付金は、生前は「会社の負債、個人の債権」という形で帳簿に存在し、一見問題がないように見えます。しかし、代表社員の死亡により、それが相続財産として「額面評価」され、高額な相続税の課税対象となる「時限爆弾」と化します。特に賃貸業を営む法人では、現預金よりも不動産資産が多いため、役員貸付金が多額であると、納税資金不足に直結しやすいという構造的な問題があります。このため、役員貸付金は、単なる会計上の数字ではなく、将来の相続税負担と納税資金繰りに直接影響する重大なリスク要因であることを認識し、早急な解消計画を立てるべきです。
生前解消の具体的な方法と税務上の注意点
役員貸付金は、死亡後に評価額を減額することが非常に困難であるため、生前に解消しておくことが重要です。役員として会社に貸し付けている債権を生前に解消するための手段は、主に次の三つです。
役員報酬の相殺充当に活用する
合同会社が役員に報酬を支給し、あなたはその受領分を「役員から法人への貸付金債権」の消込みに充当します。会計上は、会社側が役員報酬として損金を計上しつつ、貸借対照表上の債権残高を同額だけ減額する仕訳を行うだけです。これにより毎期、報酬支給分だけ確実に債権残高が減っていく一方で、利益や手元キャッシュフローへの影響は報酬分の費用計上に止まります。
なお、実際に現金を受け取らなくても名目上「役員報酬」が発生したものと扱われるため、健康保険・厚生年金の標準報酬月額算定基礎となり社会保険の被保険者資格を得られます。
また、源泉徴収義務も生じるため、給与支払報告書や法定調書、社会保険算定基礎届などの作成・提出が必要です。帳簿や議事録には「役員報酬○○円を貸付金消込で支給」と明記し、税務・社会保険手続きを漏れなく行いましょう。
貸付金債権を資本金に振り替える:デット・エクイティ・スワップ(DES)
合同会社の「社員総会決議」を経て、役員が会社に貸し付けている金銭債権をそのまま出資持分(資本金または資本準備金)に振り替えます。会計上は「法人→役員借入金」を減らし、その分だけ「資本金」を増加させる仕訳を行うだけで、債務免除益の計上が不要です。結果として貸借対照表上の債権残高はゼロになり、現金移動も報酬支給も発生しません。
役員借入金を資本金に振り替えるデメリット
一方、過度に資本金を増加させてしまうのも懸念点があります。
- 消費税の免税特例を失う(資本金1,000万円超)
- 資本金1,000万円未満の新設法人は、設立1期目および一定要件下の2期目について「基準期間がない法人の納税免除の特例」を受け、消費税の納税義務が免除されます。しかし、資本金が1,000万円以上だとこの特例が適用されず、設立1期目から消費税の課税事業者となります。結果として、売上の約10%を納税する必要が生じ、キャッシュフローへの影響が大きくなります。
- 将来の利益分配(配当等)に課税されるようになる
- 役員借入金の返済は「借りたものを返すだけ」のため、返済時に受取人に課税されません。しかし、DESによって役員債権を資本金化すると、その金銭債権は出資持分(株主資本)になります。出資持分から資金を引き出す際(配当や資本の払戻し)は、法人税・所得税の課税対象(配当所得)となり、返済時に非課税だった分が将来的に課税される点に注意が必要です。
なお、「法人税の軽減税率(所得800万円まで15%)が適用される」「法人住民税の均等割が低く抑えられる」といった中小企業向け特例(資本金1億円以下対象)については、DESで1,000万円を超えただけでは影響を受けません(影響が出るのは資本金が1億円を超えた場合です)。
主要勘定科目の貸借対照表上の扱いと評価ポイント
資本金や役員貸付金など混在しそうな用語を以下にまとめます。
勘定科目 | BS上の扱い・性格 | 金融機関評価・相続税評価・納税時のポイント |
---|---|---|
現金及び預金 | 流動資産:企業が自由に使える最も流動性の高い資産 | 金融機関:返済余力・自己資本充実度の指標 |
相続税:額面評価で相続財産に含まれる | ||
納税:相続財産の課税価格に算入(法人税では売上原資として間接的に影響) | ||
債務免除益 | 特別利益:純資産(利益剰余金)を増加させる一過性収益 | 金融機関:継続収益力には評価されにくい |
相続税:持分評価額の「純資産価額」に影響するが、個別財産としては課税対象外 | ||
納税:法人税の益金に算入され、課税ベースが増加 | ||
資本金 | 純資産:出資者からの払い込み | 金融機関:自己資本比率・信用力向上要素 |
相続税:直接評価対象外(持分評価は純資産価額方式で間接的に反映) | ||
納税:資本金1,000万円超で消費税免税特例喪失のリスク | ||
資本準備金 | 純資産:払込資本金のうち資本金に組入れない剰余金 | 金融機関:自己資本として評価されるが、資本金ほどの信用力アップ要素はやや低い |
相続税:資本金同様、持分評価の純資産価額に間接反映 | ||
納税:資本準備金の増減自体に課税なし | ||
利益剰余金 | 純資産:過去の利益の内部留保 | 金融機関:内部留保力の指標で高評価 |
相続税:持分評価額の純資産価額に直結して増加要因になる | ||
納税:配当時に配当所得として株主(遺族)に課税(法人段階はすでに課税済み) | ||
役員借入金 | 負債:社長個人からの貸付金(返済義務あり) | 金融機関:社外債務とみなされず自己資本扱いにはならないが、借入余地を圧迫 |
相続税:個人の相続財産(帳簿価額で額面評価)として高額な納税負担リスク | ||
納税:法人税上損金不算入 |
2. 役員退職金制度の活用
役員退職金は、代表社員の死亡時にご家族の生活保障や相続税の納税資金として非常に有効な手段となり得ます。
死亡退職金の概要と相続へのメリット
合同会社の代表社員が死亡すると、会社との役員契約は同時に終了し、「死亡退職金(死亡退職手当)」の支給義務が発生します。
死亡退職金には、「500万円 × 法定相続人の数」という相続税の非課税枠が設けられており、生命保険の非課税枠と合わせて活用すれば、ご家族の納税資金を大幅に確保できます。
死亡退職金と役員貸付金の相殺スキーム
退職金支給額と同額の「役員貸付金債権」を相殺することで、会社は貸借対照表上の債権を一括消滅できます。
役員貸付金と相殺してもなお退職金が残る場合は、遺族は退職所得控除後の金額を所得扱いで受け取り、所得税も軽減されます。
この仕組みなら、たとえ事前に定款や社内規程を整備していなくても、代表社員の死亡をトリガーとして貸付金を解消しつつ、節税と相続資金の確保を同時に実現できるのです。
適正な退職金額の算定方法
退職金額の算定は、一般的に以下の計算方法で算出します。
- 最終報酬月額 × 在任年数 × 功績倍率
功績倍率は2~3倍が目安ですが、同業他社の事例を参考にして過大とならないよう注意しましょう。定款や役員退職慰労金規程にこの算定基準と支給条件を明文化し、社員総会の議事録で決議しておけば、税務調査での否認リスクをさらに低減できます。
税務調査対策と実務上のポイント
実務上は、退職金制度を文書化し、決定プロセスや算定根拠をしっかり記録しておくことが重要です。代表社員の「予期せぬ死亡」に備え、非課税枠の併用や適正算定・規程整備を徹底しておけば、遺族がスムーズに現金を受け取れる体制を整えられます。
3. 小規模企業共済・iDeCoの活用
小規模企業共済とiDeCo(個人型確定拠出年金)は、経営者や個人事業主向けの強力な税制優遇制度であり、相続対策としても有効です。
掛金全額所得控除と運用益非課税のメリット
- 掛金全額所得控除: 小規模企業共済もiDeCoも、支払った掛金が全額所得控除の対象となります。これにより、所得税と住民税の負担を軽減できます。所得が多い人ほど、累進課税の仕組みにより節税効果が大きくなります。
- 運用益非課税: iDeCoで運用される資金の利息や運用益は非課税で再投資されます。通常、金融商品の運用益には税金がかかるため、これは大きなメリットです。
相続税の非課税枠と生命保険との併用
- 小規模企業共済の非課税枠: 小規模企業共済の共済金は、契約者が死亡した場合、「みなし相続財産」として相続税の課税対象となりますが「500万円 × 法定相続人の数」の非課税枠が適用されます。
- 生命保険との併用: この小規模企業共済の非課税枠は、生命保険金の非課税枠(同様に「500万円 × 法定相続人の数」)とは別枠で計算できるため、両方に加入することで、相続税対策としてダブルで非課税枠を活用できます。
- 相続放棄との関係: 小規模企業共済の死亡共済金は、民法上の相続財産とは異なり、受給権者の固有の権利とされているため、相続放棄をしても受け取ることが可能です。これにより、被相続人に多額の債務があった場合でも、共済金を受け取りつつ債務の承継を回避できる可能性があります。
受取時の税制優遇(退職所得控除・公的年金等控除)
小規模企業共済やiDeCoの受取時には、以下の税制優遇が適用されます。
- 一時金で受け取る場合: 「退職所得」として扱われます。退職所得は、長年の勤続に対する報償という性格から、他の所得とは分離して計算され、勤続年数に応じた「退職所得控除額」が適用され、さらに控除後の金額の1/2が課税対象となるなど、税負担が大きく軽減されます。
- 年金で受け取る場合: 「公的年金等の雑所得」として扱われ、「公的年金等控除」の対象となります。
- 受け取り時期の注意: 小規模企業共済とiDeCoの両方に加入している場合、同じ年に一括受け取りを行うと退職所得控除が重複計算されず、税負担が増える可能性があるため、受け取り時期を10年以上離すことが推奨されています。
小規模企業共済とiDeCoは、一人合同会社の代表社員である不動産投資家にとって、まさに「個人版退職金+相続対策」として機能します。これらの制度は、支払った掛金が全額所得控除になるため、現役時代の個人の所得税・住民税を軽減します。これは、賃貸収入などの所得が高い不動産投資家にとって、年間を通じての税負担を直接的に軽減できる大きなメリットです。さらに、代表社員の死亡時には、小規模企業共済の共済金が「みなし相続財産」として相続税の非課税枠の対象となり、生命保険の非課税枠と別枠で利用できるため、相続税対策としても非常に有効です。このように、小規模企業共済とiDeCoは、現役時代の節税と将来の相続対策を同時に実現できる、非常に効率的な資産形成・承継ツールと言えます。不動産投資家は、個人の所得税負担を軽減しつつ、将来の相続税納税資金を非課税枠で準備できるため、積極的にこれらの制度の併用を検討すべきです。
2025年度(令和7年度)の税制改正大綱の影響
2025年度(令和7年度)の税制改正大綱では、iDeCo(個人型確定拠出年金)に以下のような大きな変更が盛り込まれています。
- 掛金拠出限度額の引き上げ
- 企業年金のない会社員(第2号被保険者):月額 23,000 円 → 62,000 円
- 企業年金のある会社員(第2号被保険者):月額 55,000 円 → 62,000 円
- 自営業者・フリーランス(第1号被保険者):月額 68,000 円 → 75,000 円
いずれも拠出可能年齢が「65歳未満」から「70歳未満」に延長され、より長期かつ大きな額を積み立てられるようになります。
- 退職所得控除の“空白期間”ルール変更
iDeCo 一時金と退職金の併用で退職所得控除をフルに受けるには、受取間隔に一定の空白期間が必要ですが、- 旧ルール(5年ルール):iDeCo 一時金受取後、5年以上あければ退職金にも退職所得控除を満額適用
- 新ルール(10年ルール):2026年1月1日以降の受取分から、10年以上あけなければ満額適用されないという要件に変更されます
解説・留意点
- 拠出可能総額が大幅増となる一方、受取時の控除をめぐる要件は厳しくなるため、受取スケジュールや他の退職金制度との併用を含めたシミュレーションが一層重要です。
- 特に「10年ルール」は控除適用のハードルが上がるため、iDeCo 一時金を受け取るタイミングと、その後の退職金受取時期を十分に検討してください。

4. 事業承継税制の適用可能性と代替策
事業承継税制は、中小企業の事業承継時の税負担(贈与税・相続税)を軽減するための制度であり、一定の要件を満たせば納税猶予や免除が受けられます。しかし、不動産賃貸業を営む合同会社では資産管理会社に該当するため、一般的には適用対象外となります。
不動産賃貸業が事業承継税制の適用を受けにくい理由
以下の要件を満たすことで例外的に適用を受けることが可能ですが、特に従業員5名要件が大きなハードルになると考えられます。
- 常時使用する従業員が5名以上(親族や後継者は除く)
- 事務所や店舗などの事業用施設を自社で保有・賃借
- 貸付けや管理業務で3年以上の実績
この要件は、適用後も5年間維持し続ける必要があり、満たせない場合は納税猶予が取り消されます。
適用が難しい場合の代替策:法人化のメリット・デメリット
適用が難しい場合は、以下のような代替策が考えられます。
- 個人事業を合同会社化して不動産を法人名義にすることで評価額を抑えつつ給与所得控除や経費計上を活用
- 合同会社を株式会社に組織変更して株式での承継をスムーズに(信用向上・資金調達も可能)
- 被相続人宅地等の評価を最大80%(貸付事業用は50%)減額する小規模宅地等の特例を使う
- M&Aで株式譲渡を行い譲渡所得税(20.315%)のみ課税に留める
事業実態や税制メリットを総合的に見て最適策を選ぶことが重要です。
5. 生前贈与の活用:暦年贈与と相続時精算課税制度
生前贈与には、毎年110万円まで非課税の「暦年贈与」と、60歳以上の親から18歳以上の子への贈与をまとめて2,500万円まで無税にできる「相続時精算課税」の二つがあります。
暦年贈与は長期にわたって少しずつ財産を移せる一方、贈与から3年(※令和6年以降は7年)以内の分は相続財産に戻されるリスクがあります。
相続時精算課税は一度に大きな財産を贈与できる反面、選択後は暦年贈与に戻せず、贈与時の評価額で相続税が計算されるため、将来価値が下がる不動産には不利です。
不動産賃貸業では、特例評価で減額される宅地を贈与すると小規模宅地等の特例が使えなくなる点にも注意が必要です。贈与税の申告要否や特例適用の可否をシミュレーションしてから制度を選びましょう。
6. 家族信託・任意後見制度による認知症対策と円滑な承継
代表社員が高齢になり、認知症などで判断能力が低下した場合、会社の経営や資産管理が困難になるリスクがあります。このような事態に備え、家族信託や任意後見制度といった生前対策を講じることが重要です。
家族信託の仕組みと賃貸業での活用
家族信託は、財産(不動産など)を「委託者→受託者→受益者」の3者契約で託し、管理・運用・処分や多世代承継を可能にする仕組みです。
- 認知症対策:代表社員が判断能力を失っても、受託者(家族)が賃貸管理・修繕・家賃回収・売却を滞りなく実行できます。
- 多世代承継:契約で「自分→配偶者→子…」と次世代以降への受益権移行を指定でき、遺言書より長期的な資産承継を実現します。
なお、遺言書は自分の死後のみ承継先を指定できるのに対し、家族信託なら生前から財産管理ができ、かつ2代先以降まで承継方法を定められる点で優れています。
7. 遺言書の作成:自筆証書遺言と公正証書遺言
遺言書は、ご自身の意思を明確に示し、相続人間の争いを防ぐための最も基本的な相続対策です。主に以下の2種類があります。
各遺言書形式のメリット・デメリット
遺言書でできること・できないこと
遺言書は、民法で定められた範囲内で、様々な事項を法的に有効な形で定めることができます。
遺言書は相続対策の基本ですが、一人法人や不動産賃貸業の場合、限界もあります。
認知症リスクや2代目以降の承継までは遺言書だけで対応できません。
そのため、家族信託や任意後見制度と組み合わせた「多層的な生前対策」が重要です。遺言書を土台に、他の制度も活用して万全の備えをしましょう。
まとめ:計画的な対策で未来を守る
この記事のまとめです。
- 役員借入金は会社が役員からの借入という「会社の負債」となり、役員個人にとっては「会社に対する貸付金(資産)」である。
- 代表社員が死亡した場合、役員借入金(貸付金)は全額、原則として相続財産となり、相続税の対象となる。
- 相続発生時、会社が通常経営状態にあれば借入金は帳簿価額で評価される。債務超過・回収不能が立証できなければ、減額は原則認められない。
- 返済時に個人が受け取る分については、贈与やDESにしない限り非課税で受領可能。
- 貸付金が相続財産になると納税資金負担のリスクとなるため、生前の対策が極めて重要。
- 生前対策の方法には、役員報酬との相殺充当、DES(資本金化)、債権放棄、推定相続人への贈与等がある。
- DES(資本金化)は社員総会決議、定款の定め、法務局登記などが必要。過剰な資本金化で消費税課税事業者になるリスクにも注意。
- DESや贈与後に出資持分から資金を受け取る場合、それは貸付金の返済ではなく「出資の払戻し」または「配当」として扱われ、所得税・法人税の課税対象となる。
- 債権放棄の場合は会社側の債務免除益が課税され、欠損金等も要確認。
- 役員借入金の解消や贈与は長期計画で実施し、贈与税・相続税・法人税負担も考慮すること。
- 会社の資本構成や事業継続性、相続人の状況・納税資金・承継後の運営方針まで総合的対策を早期に練ることが肝要。
一人合同会社の代表社員が亡くなると、会社は原則解散となり、ご家族に大きな負担がかかります。
しかし、定款に「持分承継」の条項を設けたり、事前に生前対策を講じておけば、会社存続や円滑な事業承継が可能です。
役員貸付金の整理、退職金制度の導入、小規模企業共済・iDeCoを活用した納税資金の準備、適切な贈与や家族信託、遺言書作成などを組み合わせることで、相続税の負担も大幅に軽減できます。
これらの対策は、資産と家族を守る経営戦略でもあります。早めに専門家へ相談し、ご自身に合った計画的な準備を進めることが何より大切です。
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