収益物件の購入を「やめる」とき、失うお金はどの段階でやめるかで大きく変わります。買付証明書を出しただけなら原則として契約は成立していません。売買契約の後は、手付解除期日までなら手付金を放棄して解除でき、融資が通らなければ融資特約で白紙に戻せます。ところが期日を過ぎると、買主には「違約金を払えばやめられる権利」はありません。
この記事では、民法・宅地建物取引業法(宅建業法)の条文と、不動産適正取引推進機構(RETIO)などが紹介している裁判例をもとに、段階ごとのやめ方と、手付倍返しの仕組みを整理します。
- 原則:相手が「契約の履行に着手」するまで(民法557条)。買主は手付を放棄し、売主は手付の倍額を買主に現実に提供して解除する
- 契約書に手付解除期日がある場合:期日の書き方で結論が変わる。「期日まで」なのか「期日か相手の着手のいずれか早い方まで」なのかを条文で確かめる
- 売主が宅建業者の場合:買主に不利な特約は無効(宅建業法39条3項)。期日で買主の手付解除を早く打ち切る特約は、無効とされた裁判例がある
- 期日を過ぎた後:買主がやめれば債務不履行。売主は代金の支払いを求めることも、解除して違約金を請求することもできる
- 収益物件の購入をやめるとき、段階ごとに失うお金を知りたい方
- 手付解除期日や「履行の着手」の意味を、条文と裁判例で確かめたい方
- 自分で金融機関を探して融資を受ける予定で、融資特約の書き方が気になる方
- 売主が宅建業者の物件で、買主を守るルールを知りたい方
- 買付証明書を出した後に、購入をやめることを考えている方
- やめるときに失うお金は、買付証明書の段階なら原則なし、契約後は融資特約の期日内なら白紙、手付解除期日までなら手付、期日の後は違約金です。
- 手付解除は相手が契約の履行に着手するまでで、買主は手付を放棄し、売主は手付の倍額を現実に提供して解除します(民法557条)。
- 手付解除期日の後に買主がやめれば債務不履行で、売主は代金の支払いを求めることも、解除して違約金を請求することもできます。
- 融資特約は型・期日・金融機関名で使えるかが変わり、自分で銀行を探す融資では、契約書に入れるよう自分から求めます。
- 売主が宅建業者なら、手付の上限は代金の10分の2まで、違約金も損害賠償の予定との合計で代金の10分の2までなど、買主を守る特別なルールがあります。
- 手付解除期日を過ぎても、違約金を払えば契約をやめられると思っています。
- 融資が通らなければ、融資特約の書き方に関係なく白紙に戻せると思っています。
- 買付証明書を出しただけなら、どんな事情でも賠償なしで撤回できると思っています。
- 買付・契約後・手付解除期日の後の段階ごとに、やめたときに失うお金を見積もれます。
- 署名する前に、手付解除期日の書き方と、融資特約の型・期日・金融機関名を確かめられます。
- 売主が宅建業者のときに、手付・違約金・保全措置のルールで買主が守られる点を確かめられます。
📋 段階ごとの「やめ方」と失うお金
| 段階 | やめ方 | 失うお金 |
|---|---|---|
| 買付証明書を出した後(契約前) | 撤回を伝える | 原則なし。ただし交渉が進んで相手に準備をさせた後は、賠償を命じられた例がある |
| 売買契約の後、融資特約の期日まで(融資が通らない) | 融資特約による解除(白紙解除) | 手付は戻る。仲介手数料も返される(国交省の標準媒介契約約款)。売買契約書の印紙代は戻らない |
| 売買契約の後、手付解除期日まで | 手付解除(手付放棄) | 手付金。仲介手数料を請求されることがある |
| 手付解除期日の後・相手が履行に着手した後 | 自分からはやめられない(違約になる) | 契約書の違約金。RETIOの売買契約書の見本では代金の20%相当額 |
売買契約書に貼った収入印紙は、契約を作成した後に解除した場合、還付の対象になりません(国税庁「収入印紙の交換と印紙税の還付について」)。
💴 手付解除と「倍返し」の仕組み
民法557条は「買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない」と定めています。
- 「倍返し」の意味:売主は、預かった手付を返したうえで、同じ額を上乗せして払います。例えば手付500万円なら、売主は1,000万円を払い、買主から見ると500万円が増えます。買主が手付を放棄するときに失う額と同じ額を、売主も失う仕組みです。
- 「現実に提供」が必要:売主が「倍返しで解除する」と言うだけでは足りず、実際に払える状態で差し出す必要があります。2020年4月の民法改正で条文に明記されました(改正前の最高裁平成6年3月22日判決の考え方)。
- 手付は原則として解約手付:契約書で別に定めていなければ、手付は解約手付(この方法で解除できる手付)と推定されます。違約手付の約定があっても、解約手付の性質は否定されないとした最高裁判決があります(最高裁昭和24年10月4日判決)。
- 手付の額:一般的には代金の5〜10%とされます。手付が少額だと、売主も倍返しで解除しやすくなります(RETIO「不動産売買の手引」)。
- 解除の通知:意思表示は相手に届いた時に効力が生じます(民法97条)。期日ぎりぎりの解除は、配達証明付きの内容証明郵便など、届いた日が残る方法で行います。
📅 手付解除期日と「履行の着手」
履行の着手とは
最高裁は「客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし、または履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合」と定義しています(最高裁昭和40年11月24日大法廷判決)。自分が着手していても、相手が着手していなければ、自分からは手付解除できます。RETIOが紹介している裁判例には、投資家に関係の深いものが並びます。
| 行為 | 判断 | 裁判例 |
|---|---|---|
| 買主が住宅ローンを申し込み、承認を得た | 履行の着手に当たらない(売主はまだ倍返しで解除できる) | 東京地裁平成29年2月27日判決 |
| 売主が賃借人と立退きの合意をした | 売主の履行の着手に当たる | 東京地裁平成21年10月16日判決 |
| 司法書士に登記を依頼した | 履行の着手に当たらない | 東京地裁平成17年1月27日判決 |
| 中間金を払った | 原則として履行の着手に当たる | RETIOの解説 |
期日の書き方で結論が変わる
- 「手付解除期日又は相手方が履行に着手するまでは手付解除ができる」と書かれた契約では、期日と相手の着手のいずれか早い方が期限になるとした判決があります(東京地裁令和4年4月28日判決。不動産流通推進センターの相談事例で紹介)。
- 期日だけを書いた契約で、期日内の相手の着手をどう扱うかは、条文の書き方で判断が分かれ得ます。署名する前に、期日と履行の着手の関係がどう書かれているかを確かめます。
- RETIOの手引は、手付解除期日を「契約締結日から少なくとも1ヵ月以上」にするよう勧めています。買付競争で期日を極端に短くすると、融資や物件調査が終わる前に手付解除ができなくなります。
期日を過ぎたら:違約金を払えばやめられるわけではない
手付解除期日を過ぎた後、買主が代金を払わなければ債務不履行です。違約金は損害賠償額の予定と推定され、相手が履行を請求したり契約を解除したりすることを妨げません(民法420条)。売主は、代金の支払いを求めることも、催告したうえで解除し(民法541条)、違約金を請求することもできます。違約金の額は契約書で決まり、受け取った手付を充て、足りない分を請求するのが一般的な定め方です(RETIOの契約書の見本)。


🏦 融資特約:投資家が自分で銀行を探すときの注意
融資特約(ローン特約)は、融資が承認されなかったときに、手付を返して白紙で契約を解除できる約束です。
- 型が2つある:融資が承認されなければ自動で契約がなくなる「解除条件型」と、期日までに買主が解除を申し出る必要がある「解除権留保型」があります。後者で期日までに申し出ないと、特約は使えません。
- 自分で銀行を探す融資は特に注意:宅建業者があっせんしない「非あっせんローン」では、業者に融資が通らなかったときの措置を説明する義務がないとRETIOの手引は説明しています。投資家が自分で金融機関に申し込む場合は、融資特約を契約書に入れるよう自分から求めます。
- 金融機関名と条件を具体的に書く:「都市銀行他」にノンバンクは含まれないとした判決(東京地裁平成16年7月30日)や、返済期間が短くなり返済額が大きく増える条件付きの承認を「融資不可能」と扱った判決(大阪高裁平成12年6月27日)があります。
- 事前審査の承認は、正式な承認ではないとした判決があります(東京地裁平成31年1月9日)。決済日を延ばしても、融資特約の期日は自動では延びないとした判決もあります(東京地裁令和元年6月11日)。
- 自分で融資を妨げた場合は使えない:条件が成就しないように故意に妨げると、成就したものとみなされることがあります(民法130条)。
- 手付解除期日が、契約の翌日など極端に短くなっていないか
- 融資特約の金融機関欄に、使うつもりのない金利の高い金融機関まで書かれていないか。書かれた金融機関のどこかで融資が承認されると、特約では解除できません
- 融資特約の期日が、書かれた金融機関の審査にかかる期間より短くなっていないか
大家向けの媒体でも、この3点がそろった契約書で、買主が手付解除も融資特約も使えず、違約金を払うか買うかしか選べなくなった相談事例が紹介されています。
🏢 売主が宅建業者のとき(買取再販・業者の自社物件)
| ルール | 中身 |
|---|---|
| 手付の上限 | 代金の10分の2まで(宅建業法39条1項) |
| 手付はすべて解約手付 | どんな名目でも、相手が履行に着手するまで手付放棄・倍返しで解除できる。これに反する買主に不利な特約は無効(同条2項・3項)。業者売主が手付解除期日を設けた特約を無効とした判決がある(東京地裁平成28年10月11日) |
| 違約金の上限 | 損害賠償の予定と違約金の合計で代金の10分の2まで(38条) |
| 手付金の保全 | 完成物件は代金の10%超または1,000万円超、未完成物件は5%超または1,000万円超の手付金等(中間金を含む)を受け取る前に、保証などの保全措置が必要。措置がなければ買主は支払いを拒める(41条・41条の2) |
| 契約不適合責任 | 買主に不利な免責特約は、原則として無効(40条) |
| クーリングオフ | 事務所など以外の場所で買受けを申し込んだときは、書面で告げられた日から8日以内なら書面で撤回・解除できる(37条の2) |
| 業者間の取引 | 買主も宅建業者なら、上のルールは適用されない(78条2項) |
📝 買付証明書のキャンセル
- 買付証明書だけでは売買契約は成立しない:買付証明書(買受けの申込み)と売渡承諾書が交わされても、売買契約は成立していないとした裁判例が複数あります(大阪高裁平成2年4月26日判決ほか。全日本不動産協会の法律相談FAQ)。
- ただし賠償を命じられることがある:交渉が進み、相手に契約が成立すると信じさせて準備をさせた後に一方的にやめると、契約前でも損害賠償を負うことがあります(最高裁昭和59年9月18日判決)。買付の後に売主に賃借人の退去を頼んでおきながら購入を断った事案で、70万5千円の賠償を命じた判決があります(東京地裁平成15年12月19日判決)。
- 申込証拠金は返してもらえる:宅建業者が、申込みの撤回を受けて、すでに受け取った預り金の返還を拒むことは禁止されています(宅建業法47条の2第3項、同法施行規則16条の11)。
- 買付は売主に伝わる:仲介業者は、売主の希望条件に合わない申込みでも、遅滞なく売主に報告しなければなりません(宅建業法34条の2第8項)。
買付を出す前に物件の条件を確かめる手順は物件概要書(マイソク)とは?見方と落とし穴|利回り・私道負担・防火地域・告知事項を投資家視点で確認と重要事項説明書の読み方|不動産投資で見る35条の要点・私道負担・借地・容積率オーバー・ローン特約の落とし穴にまとめています。
❓ よくある質問
Q1. 手付倍返しは、なぜ「倍」なのですか?
A. 売主が預かった手付を返すだけでは、売主は何も失わずに解除できてしまうからです。同じ額を上乗せすることで、買主が手付を放棄して失う額と、売主が失う額がそろいます(民法557条)。
Q2. 融資の本審査に落ちました。手付解除期日は過ぎていますが、手付は戻りますか?
A. 融資特約があり、その期日内であれば、融資特約で白紙解除して手付を返してもらえます。手付解除期日とは別の期日なので、融資特約の条文と期日を確かめてください。融資特約がないか期日を過ぎていれば、手付解除や違約の問題になります。
Q3. 売主から倍返しで解除すると言われました。拒めますか?
A. 買主が履行に着手した後なら拒めます。ただし、住宅ローンの申込みや承認だけでは着手に当たらないとした判決があります(東京地裁平成29年2月27日)。売主が倍額を現実に提供しているか、期日内かも確かめます。
📝 まとめ
やめるときに失うお金は、買付証明書の段階なら原則なし、契約後は融資特約の期日内なら白紙、手付解除期日までなら手付、期日の後は違約金です。手付解除期日の書き方と、融資特約の型・期日・金融機関名は、署名する前に条文で確かめます。売主が宅建業者なら、手付・違約金・保全措置・特約の有効性について、買主を守る特別なルールがあります。
📖 この記事の根拠(出典・参照日2026年10月1日)
- 条文(e-Gov法令検索):民法97条・130条・420条・541条・557条/宅地建物取引業法34条の2・37条の2・38条・39条・40条・41条・41条の2・47条の2・78条/同法施行令3条の5/同法施行規則16条の11
- 不動産適正取引推進機構(RETIO):「不動産売買の手引」(令和6年度版)/RETIO117号(手付解除と履行の着手の裁判例)/裁判例の解説(手付)/RETIO116号/裁判例(契約締結上の過失)
- 不動産流通推進センター:相談事例(業者売主の手付解除期限特約)
- 全日本不動産協会 法律相談FAQ:手付倍返しによる売買契約の解除/住宅ローン特約/買付証明書の法的性格
- 国交省:標準媒介契約約款/宅地建物取引業法の解釈・運用の考え方
- 国税庁:収入印紙の交換と印紙税の還付について
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関西の不動産投資家。賃貸経営の体験と、法令・公的機関の資料をもとに、税務・融資・賃貸経営・法人運営の実務ガイドを発信しています。


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