退去立会いで大家が確認すること|当日の流れ・チェックリスト・立会いなしの精算・入居者負担の計算例

退去立会いで大家が確認すること|当日の流れ・チェックリスト・立会いなしの精算・入居者負担の計算例 修繕・老朽化・設備
この記事は約23分で読めます。

入居者から退去の連絡が来ると、大家がいちばん神経を使うのが退去立会いです。荷物が出た部屋を入居者と一緒に見て、どの傷を誰が負担するかをその場で整理し、鍵と設備を回収する。ここで見落とすと、後から請求できないか、請求しても「立会いで何も言われなかった」と拒まれます。国民生活センターに寄せられた賃貸住宅の原状回復トラブルの相談は2025年度に14,711件で、「立会いの際、特に原状回復が必要な箇所はないと言われたが、後日、床の傷の修繕費用を求められた」という事例が最近の相談例として挙がっています。

この記事は、退去立会いを大家の側から書いたものです。退去予告から当日までの準備、当日の流れと所要時間、場所別のチェックリスト、確認書にサインをもらった後の追加請求、入居者が来ない場合や立会いをしない場合の精算、そして原状回復費のうち入居者に負担してもらえる金額の計算例を並べます。修繕費の相場と交換周期の全体像はアパート・賃貸の修繕費はいつ何にいくら?、大家が払った分の税務上の扱いは修繕費と資本的支出のフローチャートに分けています。

この記事は以下のような方におすすめです!
  • 初めて自分で退去立会いをする大家、または管理会社の立会い報告を確認する立場の大家
  • 当日どこを見て、何をその場で決め、何を決めてはいけないかを整理したい方
  • 入居者が立会いに来ない、遠方で来られない、立会い不要と言われた場合の精算手順を知りたい方
  • クロスの6年・1円、クリーニング特約、確認書へのサインの効力を、国交省のガイドラインと裁判例で確認したい方
  • 単身向けの部屋の原状回復費のうち、入居者にいくら請求できるのかを計算例で確かめたい方
🎯 30秒でわかる本記事の要点
  • 退去立会いは法律上の義務ではないが、精算の根拠になる記録を双方で残せる唯一の場。国交省のガイドラインは入居時・退去時とも双方立会いでチェックリストを作ることを勧めている
  • 当日は荷物が出た後に、日中、単身で30分〜1時間。入居時の記録・契約書の特約・確認リスト様式・カメラを持ち、できればリフォーム業者に同席してもらう
  • その場で決めるのは「どこに損耗があるか」、決めないのは「いくら払うか」。確認書に署名をもらった後の追加請求は原則通らないので、金額は「後日見積に基づき精算」と書いて署名をもらう
  • 入居者が来ない場合は代理人(委任状)か日程変更、それも無理なら大家側2人以上で写真と動画を残し、明細を簡易書留で送って説明義務を果たす
  • 計算例:仮に入居5年の単身向けの部屋で、クロスと床の全面張替えを含む原状回復に125,000円かかっても、入居者に請求できるのは、入居者の責任で傷めた一面の残存価値2,000円と、特約で定めたクリーニング30,000円の合計32,000円
❓ 先に答え:退去立会いで大家は何を確認するか

確認するのは、①損耗の有無と場所(入居時の記録と比較)②設備と鍵の全数③ライフラインの停止と転居先・返金口座④退去理由の4つです。負担区分は国交省のガイドラインで「経年変化・通常損耗は大家、故意・過失は入居者」が原則で、金額は見積が出てから精算書で確定させます。その場で金額を確定して署名をもらうと、後から見つけた損傷は請求できないのが原則です。

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📋 1. 退去立会いとは何をする場か|義務ではないが、精算の根拠を作る唯一の場

退去立会いは、荷物を運び出した部屋を貸主側と入居者が一緒に確認し、修繕が必要な箇所とその負担者を協議する場です。民法にも借地借家法にも立会いを義務づける条文はなく、賃貸借は解約の意思表示と鍵の返却で終わります(伊藤塾コラムの整理による)。それでも国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」のQ&Aは、退去時はもちろん入居時にも双方が立ち会い、チェックリストを作成し写真を撮っておくことが、損耗の発生時期をめぐるトラブルを避ける大変有効な方法だと書いています。

大家にとっての意味は3つあります。

  • 損耗の記録を「双方で」残す。入居時の記録と退去時の状態を並べて確認し、誰が付けた傷かをその場で聞き取る。後日の請求の根拠はここでしか作れません
  • 設備と鍵の回収。スペアキーを含む鍵の全数、エアコンのリモコン、洗濯機パンのエルボ(L字型の排水部品)、照明のリモコンなど、持ち出されやすい付属品を確認します
  • 次の募集の情報を得る。退去理由、住んでいて困った点を聞ける唯一の機会です

国民生活センターの「賃貸住宅の原状回復トラブル」ページ(2026年7月31日更新)によると、相談件数は2023年度13,273件、2024年度13,312件、2025年度14,711件と増えています。相談の多くは入居者側からのもので、「立会いで何も言われなかったのに後日請求された」「立会いがなかった」という事例が公表されています。大家の立会いは、入居者を守るためではなく、自分の請求を通すための手続きだと考えて準備します。

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🗓 2. 退去予告から当日までに大家がやること(時系列)

立会いの成否は当日ではなく、退去予告を受けてからの準備で決まります。

時期 やること 要点
退去予告を受けた日 書面(解約通知書)で受け直す。解約日・予告期間・いつまで家賃が発生するかを確認して伝える 口頭やLINEだけで済ませない。予告期間不足分の家賃はこの時点で説明する
同じ週 退去の案内を送る。電気・ガス・水道・ネットの停止連絡先、残しておく物品(設備のリモコン、エルボ、取扱説明書)、立会い当日の持ち物(印鑑・鍵全部・身分証)、返金口座と転居先の記入欄 「残すべき物の一覧」を渡しておくと、持ち出しのトラブルがほぼ消える
立会いの1〜2週間前 契約書の特約(クリーニング、畳・襖、鍵交換)と重要事項説明書の設備・残置物の区分を読み直す。入居時の写真とチェックリストを出す。家賃の入金状況と保証会社の引落し停止を確認する 特約の有効性に不安があれば、この時点で管理会社か専門家に確認する
同じ時期 リフォーム業者に立会いへの同席を依頼する。無理なら翌日に現地で見積を取る日程を押さえる 「クリーニングで落ちる」と言った汚れが後から張替えになると、追加請求で揉める。業者の目をその場に入れる
立会い日の決め方 荷物がすべて出た後、日中に設定する。引越し時間が未定なら、搬出完了の連絡をもらってから向かう 家具の裏の傷は荷物が残っていると見えない。夜は照明が外れていて確認できない

管理会社に委託している場合も、この表の「契約書の特約確認」と「入居時の記録の準備」は大家の側で済ませておきます。立会い報告書が来たときに、入居時の記録と突き合わせられるのは大家だけだからです。

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⏱ 3. 当日の流れ|5ステップと所要時間

所要時間の目安は、GMO賃貸DXの解説で30分〜1時間、神奈川県住宅供給公社の解説で一人暮らしの部屋なら30分程度とされています。荷物の搬出は不動産の知恵袋の筆者の経験で単身1時間・ファミリー2時間なので、引越し業者の到着時刻が分かれば、搬出完了と立会い開始の時刻を逆算できます。

  1. 入居時の記録を持って入室し、ブレーカーと照明を確認する。照明が外されている部屋は懐中電灯かスマホのライトで見ます
  2. 全室を入居者と一緒に、場所別に回る。玄関→居室→水回り→バルコニーの順で、4章の一覧を上から潰します。傷や汚れは遠景と近景の2枚ずつ、日付が残る形で撮ります
  3. 損耗ごとに「いつ、どうして」を聞き取る。入居前からあったという主張は入居時の記録と照合します。この聞き取りをメモに残し、確認リストの「具体的な状況」欄に書きます
  4. 負担区分の考え方だけを説明し、金額は確定しない。「経年変化と通常損耗は大家、故意・過失は入居者。金額は見積が出てから精算書でお知らせします」と伝えます
  5. 確認リストに双方が署名し、鍵を全数回収して、転居先・返金口座・退去理由を確認する。ライフラインの停止手続きが済んでいるかもここで聞きます

ステップ4が大家側でいちばん誤解されている点です。その場で金額まで合意して署名をもらうと、後日見つかった損傷の追加請求は原則できません。理由は5章で扱います。

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🔍 4. 場所別チェックリスト|見落としやすい箇所と、国交省の確認リスト様式

チェックリストは自作しなくても、国土交通省がガイドラインの別添として「入退去時の物件状況及び原状回復確認リスト(例)」を公開しています。玄関・廊下、台所・食堂・居間、浴室、洗面所、トイレ、個室、その他の場所ごとに「箇所」を並べ、入居時の損耗の有無と「交換年月」、退去時の損耗と具体的な状況、修繕・交換の要否、負担の欄があり、入居時と退去時それぞれに借主・貸主・管理業者の署名欄が付いています。様式の注記には、写真を撮影して添付するなどより具体的にすることが望ましい、とあります。

この様式の価値は「交換年月」欄です。クロスや設備の残存価値は経過年数で決まるので、入居時にいつ交換したものかを書いておけば、退去時の負担割合の計算がその場でできます。様式に載っていない、実務で見落としやすい箇所を足したのが次の一覧です。

場所 確認すること 見落としやすい箇所
玄関 ドアの破損・へこみ、鍵とドアノブ、下駄箱の棚板とダボ ドアを閉めると暗くて傷が見えない。スペアキーを含む鍵の全数。鍵の紛失は入居者負担で交換
居室 壁・天井の傷と汚れ(画鋲穴は通常損耗、下地まで届く釘穴は入居者負担)、床の傷・へこみ・シミ、建具の開閉、窓ガラス・サッシ・網戸 タバコのヤニは薄い変色を見落とす。お香やペットの臭い。収納の内部と襖の裏側。エアコンのリモコンとルーバーの割れ。照明取付部の破損
台所 シンク・蛇口の破損、換気扇の動作と油汚れ、コンロ台、シンク下の水漏れとカビ 入居者が付け替えた蛇口や浄水器(元に戻っているか)。高い位置の収納の棚板
浴室・洗面・洗濯機置場 浴槽・鏡・床のひび割れ、シャワーヘッド、洗面台の水漏れ、換気扇 洗濯機パンのエルボと水栓ニップル(小さい部品ほど持ち出される)。付け替えられたシャワーヘッドの元品
トイレ 便器・便座・タンクのひび、水漏れによる床のシミ 温水洗浄便座が設備か残置物か。リモコンの有無
外回り・共用部 バルコニーの汚れと残置物、物干し金具 放置自転車、粗大ごみ(回収受付番号とシールを確認)、メーターボックスとパイプスペースの私物
手続き 電気・ガス・水道・ネット回線の停止、郵便物の転送 ネット回線の解約漏れは次の入居者が使えない原因になる。立会い日以降に届く郵便物の扱いを決めておく

判断に迷いやすい線引きを2つだけ書いておきます。窓ガラスの熱割れ(日射による自然なひび)は原状回復の対象外、網戸の穴は経年か故意過失かで分かれます。どちらも「通常の使用で起きるか」で判断し、迷ったら写真を撮って業者の意見を待ちます。

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✍️ 5. その場で決めること・決めないこと|確認書にサインをもらった後の追加請求

立会いで最も損をしやすいのが、確認書の扱いです。不動産投資連合隊の解説は、立会い時に「清算内容」や「確認書」に双方がサインした場合、後からの追加請求は信義則や合意の成立の観点から認められないケースがほとんどだとしています。一方で、国交省ガイドラインのQ&A(Q14)は入居者の側から同じ問題を扱い、単に損傷があることの確認であれば原状回復費用の負担を了承したものではなく、損傷とその負担を了承した場合は基本的にその確認内容に基づいて負担額が決まる、ただし故意・過失によらない損傷は特約がなければ了承していても負担する理由がない、と整理しています。

大家側の実務に翻訳すると、次の3点になります。

その場で決める その場で決めない
どこに、どんな損耗があるか(確認リストに双方署名) 金額。「後日、見積書に基づき精算する」と確認リストに明記する
損耗の原因についての入居者の説明(メモに残す) 負担区分の最終判定。特約の有効性と経過年数の計算は精算書で示す
鍵の返却本数、残置物の有無、ライフライン停止の申告 「これで全部です」という確定の言葉。業者の見積で見つかる損傷の余地を残す

録音についても触れておきます。入居者向けの解説(フェニックス管理、伊藤塾)は、立会いの会話を録音し、納得できない書類にはサインしないよう勧めています。大家側も冒頭に「ガイドラインに沿って確認します。記録のため録音します」と断って録音する方が、後の水掛け論を防げます。管理会社か業者と2人で入り、入居者側にも同行者がいれば、その場で感情的になる場面はほぼなくなります。

読者

立会いで「クロスの汚れは清掃で落ちそうです」と言って確認書にサインをもらいました。翌日、業者から張替えが必要と言われたのですが、追加で請求できますか?

著者

確認書に金額や「清掃で対応」と書いて署名をもらっていれば、追加請求は通りにくいです。損傷の存在だけを確認した書面なら、汚れが入居者の故意・過失によるものである限り、見積に基づく精算は主張できます。次からは、確認リストに「汚損あり。処置と金額は業者見積に基づき後日精算」と書いてから署名をもらってください。リフォーム業者に同席してもらえば、この問題は起きません。

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🚪 6. 入居者が来ない・立会いをしない場合の精算手順

立会いは義務ではないので、入居者が来ないことも、契約書や合意で立会い不要としていることもあります。ウラシコの解説は、契約書に立会い不要の記載がある、貸主と借主で立会い不要の合意がある、管理会社の方針で不要としている、の3パターンを挙げています。国民生活センターの2025年2月の公表資料には、立会いのないまま退去し、後日約90万円を請求されて見直しを求めたら70万円になった、という相談例が載っています。立会いなしの精算は、入居者側から最も争われやすい形です。

大家側の手順は、来られない理由に応じて3段階で組みます。

  1. 日程変更を先に提案する。鍵の返却と立会いを別日にする、早朝や夜間に対応する、といった代替案を出します。解約日と立会い日は切り離せます
  2. 代理人を認める。家族や友人でよく、委任状を用意してもらいます。GMO賃貸DXの解説にあるとおり、鍵の返却から敷金精算まで代理人が引き受けることに同意しているかを確認します。遠方への転居なら、ビデオ通話で入居者に画面越しに確認してもらう方法もあります
  3. それでも無理なら、大家側だけで記録を作る。管理会社か業者と2人以上で入り、全室の動画と損耗ごとの写真を日付付きで残し、国交省の確認リスト様式を大家側で記入します。精算書は損耗ごとの写真・見積の内訳・経過年数の計算を添えて簡易書留で送り、返信期限を書きます

3の場合に支えになるのが、ガイドラインQ&A(Q17)の「賃貸人には敷金から差し引く原状回復費用について説明義務があり、賃借人は明細を請求して説明を求めることができる」という整理です。立会いがない分、明細と写真で説明責任を先に果たしておけば、消費生活センターに相談されても大家側の資料がそのまま回答になります。入居者が精算に応じないときの出口は9章で扱います。

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⚖️ 7. 負担区分と経過年数|ガイドラインの原則を精算書に落とす

精算書の根拠は、改正民法621条と国交省のガイドラインです。621条は、通常の使用による損耗と経年変化を除いた損傷だけを入居者の原状回復義務とし、ガイドラインは原状回復を「賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。「入居時の状態に戻す」ことではなく、経年変化と通常損耗の分は家賃に含まれているという考え方です。

損耗の例 負担 根拠
クロスの日焼け、家具の設置跡、冷蔵庫裏の電気焼け、画鋲の穴 大家 経年変化・通常損耗
畳の自然な日焼け、襖・障子の経年による損耗 大家 Q&A Q8。特約がなければ入居者負担の張替えは不要
タバコのヤニと臭い、ペットの傷と臭い 入居者 通常の使用を超える
引越し作業の傷、下地まで届く釘・ネジ穴、物をぶつけた建具の破損 入居者 故意・過失
結露を放置したカビ、こぼした飲み物を放置したシミ、掃除を怠った浴室のカビ 入居者 善管注意義務違反(Q&A Q10)
水漏れを知らせず放置して広がった被害 入居者 通知義務違反として損害賠償の可能性(Q10)

7-1. 経過年数|クロスは6年で残存価値1円、ただし施工単位と工賃は別

入居者負担になった損耗でも、請求できるのは残存価値の分だけです。クロス・カーペット・クッションフロアは耐用年数6年で、6年経てば残存価値は1円扱いになります。範囲は㎡単位が原則で、やむを得ない場合は毀損箇所を含む一面分まで(Q7)、グレードアップの費用は請求できません(Q13)。

ここで揉めるのが工賃です。国民生活センターの2026年2月の公表事例には、6年居住の退去でソファの跡について「経過年数を考慮して壁紙代金は免除するが、工賃の2割の5万円だけ負担してほしい」と言われて納得できない、という相談があります。家具の設置跡は通常損耗なので、そもそも入居者負担ではありません。工賃の一部負担を検討してよいのは、落書きやヤニのように故意・過失で商品価値を落とした損耗に限る、と考えておくのが安全です。

7-2. クリーニング特約と負担特約|有効になる3要件

特約で入居者負担を広げることはできますが、ガイドラインQ&A(Q3)は最高裁判例を踏まえ、①特約の必要性があり暴利的でないなど客観的・合理的理由があること ②入居者が通常の原状回復義務を超える負担を認識していること ③入居者が負担の意思表示をしていることの3要件を挙げています。クリーニング特約については、「汚損の有無を問わず専門業者による清掃を実施し、費用として25,000円(税別)を負担する」と明確に合意され、金額が月額賃料の半額以下だった事案で有効とした東京地裁平成21年9月18日判決と、「ルームクリーニングに要する費用は賃借人が負担する」という書き方では通常損耗まで負担させる特約とはいえないとした東京地裁平成21年1月16日判決が、Q16に紹介されています。

大家側の結論は単純で、クリーニング特約は金額と作業内容を書き、契約時に口頭でも説明し、その記録を残すことです。関西で使われる敷引特約についても、最高裁平成23年3月24日判決が、敷引金が月額賃料の2倍から3.5倍程度にとどまる事案で消費者契約法10条に反しないとしています。金額の相場を大きく超えないことが前提です。

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💴 8. 計算例|入居者にいくら請求できるか(経過年数の按分)

相場の表だけでは、受け取った見積のうち入居者にいくら請求できるのかが分かりません。ガイドラインは、入居者負担になった損耗でも建物や設備の経過年数を考慮し、クロスやクッションフロアなら6年で残存価値1円となる直線で入居者の負担割合を減らすとしています。経過年数は入居年数で代えて数え、入居直前に張り替えていればグラフの出発点は価値100%、そうでなければ出発点を下げます。以下は説明のための架空の例で、金額はすべて仮の値(税込)です。

計算例1:仮に、入居者が壁の一面に落書きをして、その一面のクロス張替えに12,000円かかるとします。入居時にクロスを新品に張り替えてあった場合、入居者に請求できる額は入居期間によって次のように変わります。計算式は「張替え費用×(1-入居月数÷72か月)」です。

入居期間 残存割合 入居者に請求できる額(一面12,000円の場合)
1年(12か月) 約83% 10,000円
3年(36か月) 50% 6,000円
5年(60か月) 約17% 2,000円
6年(72か月)以上 残存価値1円 1円(工賃の扱いは7-1のとおり)

計算例2:仮に、単身向けの1Rで入居5年(60か月)の退去があったとします。入居時にクロスと床のクッションフロア(CF)を新品に張り替えてあり、室内での喫煙はなく、契約書には金額を明記したクリーニング特約(30,000円)があって7-2の3要件を満たしている、入居者の責任で傷めたのは計算例1の壁の落書きだけ、という条件です。

工事(仮の見積) 金額 負担の判断 入居者負担
クロス張替え(全面) 70,000円 落書きのある一面(12,000円分)は故意・過失で入居者、残りは通常損耗で大家 2,000円
CF張替え(全面) 15,000円 日焼けと家具の設置跡は通常損耗で大家 0円
ハウスクリーニング 30,000円 ガイドラインでは、入居者が通常の清掃をしていれば大家負担。この例は有効な特約があるので入居者 30,000円
エアコンの内部洗浄 10,000円 喫煙等の臭いが付いていなければ大家(ガイドライン別表1) 0円
合計 125,000円 大家の負担は93,000円 32,000円

この計算例から言えることは2つです。入居5年の部屋でクロスと床を全面張り替えても、請求できるのは入居者の責任で傷めた部分の残存価値と、有効な特約で定めた費用に限られること。そして、クリーニング費用は特約がなければ大家負担が原則なので、同じクリーニング費用でも、契約書の特約の有無と書き方で負担者が変わることです。精算書には根拠になる特約の条文番号を書いておきます。

8-1. 敷金精算書に書く項目

不動産の知恵袋の解説が挙げる「敷金精算の覚書」の項目に、ガイドラインの説明義務(Q17)で求められる内訳を足すと、精算書は次の構成になります。

項目 書くこと
預かり敷金と日割家賃 敷金額、返還する日割家賃、未払家賃があればその額
入居者負担分の内訳 損耗ごとに、場所・原因・工事内容・単価×数量・経過年数による按分・根拠(ガイドラインの区分か特約の条文番号)。写真番号を付ける
差引の返還額または追加請求額 返還なら振込予定日と口座、追加請求なら支払期限
契約終了の確認 この精算をもって賃貸借契約に基づく債権債務がないことの確認
郵便物の扱い 立会い日以降に届いた郵便物を処分することへの同意

覚書に署名をもらってから返還する順番にすると、返金後に書類が戻ってこない事態を防げます。入居者負担分として受け取った金額は、修繕費と相殺せずに収入として別に計上するのが税務上の扱いで、計算例2の部屋なら修繕費125,000円と収入32,000円を両建てにします。根拠と手順は修繕費と資本的支出のフローチャートの5章に書いています。

読者

5年住んだ部屋の原状回復に12万5,000円かかるのに、入居者に請求できるのは3万2,000円ですか。それでは大家が損ではありませんか?

著者

5年分の家賃にその分が含まれている、というのがガイドラインと民法621条の考え方です。無理に請求して消費生活センターに相談されると、精算が数か月止まり、次の募集も遅れます。取れるのは故意・過失の分だけと割り切って、張替えの単価を管理会社と業者で下げる交渉に力を使う方が手残りは増えます。

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🚨 9. 精算で揉めたとき|消費生活センター・少額訴訟・保証会社

入居者が精算書に納得しない場合、国民生活センターは入居者に対し、明細の説明を求めて話し合い、納得できなければ消費者ホットライン188に相談するよう案内しています。大家側は、精算書に写真と内訳を付けて説明義務を果たしていれば、相談を受けた消費生活センターからの照会にも同じ資料で答えられます。

話し合いで決まらないときの出口は少額訴訟です。ガイドラインQ&A(Q12)によれば、60万円以下の金銭の支払を求める訴えで、相手方の住所地の簡易裁判所に提起し、原則1回の審理で判決が出ます。申立手数料は訴額60万円で6,000円です。入居時の記録、立会いの確認リストと写真、見積の内訳、精算書の控えがそろっていれば、大家側が大きく不利になることはまずありません。逆に、この4点のどれかが欠けている請求は、少額訴訟まで行く前に諦めた方が早いことが多いです。

家賃保証会社を利用している場合、原状回復費用が保証の対象かどうかと上限額は契約ごとに違います。滞納家賃の代位弁済とは別枠なので、契約書の保証範囲を確認し、対象なら精算書の確定後すぐに申請します。保証会社と入居審査の組み立ては属性で門前払いせず行動履歴で見抜く入居審査に書きました。

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❓ 10. よくある質問

Q1. 退去立会いは大家の義務ですか。管理会社に任せてよいですか?

法律上の義務ではなく、管理会社に任せて構いません。ただし、立会い報告書と写真を必ず受け取り、入居時の記録と突き合わせるのは大家の仕事です。管理会社によっては立会い料を請求するところもあるので、委託契約の範囲を確認してください。初めての物件や長期入居の退去は、大家自身が同席すると次の募集の判断材料が増えます。

Q2. 確認書に署名をもらった後で、業者が別の傷を見つけました。請求できますか?

確認書に金額や処置まで書いて署名をもらっていれば、原則できません。損傷の存在だけを確認した書面で、その傷が入居者の故意・過失によるものなら、見積に基づく精算を主張できます。ただし「立会いで言われなかった」という反論は必ず出るので、次からは確認リストに「処置と金額は業者見積に基づき後日精算」と書いてから署名をもらってください。

Q3. クロスは6年経てば1円なのに、工賃は請求できますか?

家具の設置跡や日焼けのような通常損耗なら、材料費も工賃も請求できません。落書きやヤニのように故意・過失で商品価値を落とした損耗については、施工費の一部負担を認める考え方がありますが、金額の妥当性はガイドラインの単価水準の範囲内で説明できる必要があります。国民生活センターに「経過年数を考慮して壁紙代金は免除するが工賃の2割を負担してほしいと言われた」という相談例が公表されているとおり、工賃の請求は争われやすい論点です。

Q4. 入居者が「立会いはしません」と言っています。どうすればよいですか?

日程変更と代理人(委任状)の2つを先に提案し、それでも無理なら大家側2人以上で全室の動画と写真を残し、国交省の確認リスト様式を大家側で記入します。精算書には損耗ごとの写真・見積の内訳・経過年数の按分を添えて簡易書留で送り、返信期限を書きます。契約書に立会い不要の合意がある場合も、この記録の作り方は同じです。

Q5. クリーニング特約はどう書けば有効ですか?

金額と作業内容を書き、契約時に口頭でも説明し、その記録を残します。ガイドラインQ&Aが紹介する東京地裁平成21年9月18日判決は、「汚損の有無を問わず専門業者による清掃を実施し、費用25,000円(税別)を負担する」と明確に合意され、月額賃料の半額以下だった特約を有効としました。「ルームクリーニング費用は賃借人負担」とだけ書いた特約は、通常損耗まで負担させる趣旨とはいえないとした判決(東京地裁平成21年1月16日)もあります。

Q6. 立会いにリフォーム業者を同席させると費用がかかりますか?

業者によりますが、退去後の工事を発注する前提なら見積の一環として同席してくれることがあります。同席の価値は、その場で修繕方法と概算が出ることと、清掃で済むか張替えかの判断を大家が口にしなくて済むことです。5章の追加請求の問題は、業者同席でほぼ消えます。

Q7. 敷金はいつまでに返せばよいですか?

民法上、敷金の返還請求権は建物の明渡し後に発生し(ガイドラインQ&A Q9、最高裁昭和49年9月2日判決)、返還時期は契約書の定めが優先します。定めがなければ、見積確定から精算書の送付、覚書の返送、振込までを退去後1か月以内に収める段取りにしておくと、入居者からの督促や相談に発展しにくくなります。返還が遅れる理由(見積待ちなど)は先に連絡しておきます。

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🎯 まとめ

退去立会いは法律上の義務ではありませんが、大家が精算の根拠を双方の記録として残せる唯一の場です。退去予告を受けたら書面で受け直し、残すべき物品と持ち物を案内し、契約書の特約と入居時の記録を準備して、荷物が出た後の日中に、できればリフォーム業者と一緒に部屋を回ります。

当日その場で決めるのは損耗の有無と場所で、金額は決めません。確認リストに「処置と金額は見積に基づき後日精算」と書いて署名をもらい、鍵の全数、転居先、返金口座、退去理由を確認します。入居者が来ない場合は日程変更と代理人を提案し、それも無理なら大家側2人以上で記録を作って、写真と内訳付きの精算書を簡易書留で送ります。

負担区分は経年変化と通常損耗が大家、故意・過失と善管注意義務違反が入居者で、クロスは6年で残存価値1円、特約は3要件を満たす書き方が必要です。計算例では、入居5年の部屋で原状回復に125,000円かかっても、入居者に請求できるのは、入居者の責任で傷めた一面の残存価値2,000円と特約で定めたクリーニング30,000円の合計32,000円にとどまります。取れるのは故意・過失の分だけと割り切り、記録と精算書の精度に力を使う方が、退去のたびの手残りは安定します。

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📖 この記事の根拠(出典・参考)

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執筆者 西本豪
執筆者:西本 豪(楽待新聞コラムニスト)

関西の不動産投資家。賃貸経営の体験と、法令・公的機関の資料をもとに、税務・融資・賃貸経営・法人運営の実務ガイドを発信しています。

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